花 弁	
















「自分を花に例えるなら?」

「向日葵かな」




幾度となく繰り返されてきた、その言葉が
また、僕の胸に問い掛ける。


僕は小さく溜息をつきながら、視線を落とした。
手元には、B5サイズの白い用紙。
紙面で答える、取材だった。

『夏の思い出は』
『今年は花火はしましたか』
『夏は好き?』

いかにも季節を感じる、質問が並ぶ。
毎年、同じだ。



そしてこれも、やはり。


「自分を花に例えるなら?」

毎年、同じだ。
そして、自分の答えもまた



「向日葵かな」












そうなるはずだった。
しかし、今日は何故か書けなかった。
紙面に落としていた顔を上げる。視線は、定まらず宙を舞った。





「取材?」
開きっぱなしの楽屋のドアから、光一が入ってきた。
僕は、小さく肯定して、笑った。
光一の手にも、同じ用紙が握られている。
光一は、僕の向かいに腰をおろすと、用紙を広げた。
何度か、眉間にしわを寄せつつ、質問に答えている。
広い回答部分に、大きな短い字で。
しかし、それは何時も決して揺るがないもので。
光一らしい、と僕は思った。





じゃあ僕は。
「向日葵」
夏の代名詞のようなその花は、太陽に向かって、懸命に伸びる。
決して、目をそらすことなく、太陽だけを。



僕は、そんなにひたむきだろうか。
揺るがない決心をもち、明るい花弁をまとって。
遠い太陽だけを求める、そんな人間だろうか。



昔はそうだったか、と思う。
芸能界に入ったばかりのころは、色んなものが新鮮だった。
全てが、希望に見えて、輝かしい先輩に憧れた。


今は、違う。
心も身体も、誰かの支え無しには生きられない。
芸能界で、ガラス色の夢は、汚い色に染められて。
誰かに踏まれれば、すぐに、その身を終えてしまうだろう。




「向日葵」




僕には、こんな強い花は似合わない。






「光一」
「ん?」
律儀にも、彼は紙面から顔を上げてくれた。
また少し、痩せたかと、思う。
「俺って、向日葵に見える?」

何を言っているのか、と最初光一は思ったようだった。
でも、僕の手元の用紙を見て、小さく笑った。



「見える」



余りに、きっぱりと言われてしまって、僕は言葉に詰まった。
その目は、優しく、僕を見ていた。


「どの辺が?」
「そうやなー…」


光一は、座っていた背もたれに、体重をかけて、ぼんやりと僕を見る。
身体の上から下まで、その目が動く。
僕は、光一の言葉を待った。








「笑顔、かな」








飾りのない、光一らしい言葉に、僕は躊躇う。

目の前の男は、パートナーだ。
11年一緒に居た、相方だ。
僕の、泣く姿も、怒る姿も、なまける姿も、困る姿も、見ているはずなのに。



笑顔。


彼の口からは、そんな言葉が飛び出す。
イメージに合わない。
僕は、究極のネガティブ思考で、気が付けば胃を傷めている。
光が怖くて、地面ばかり見ている。

決して、向日葵のような笑顔をいつも振り撒いているわけではない。




「ほら、それに」




「俺、薔薇やし」








「薔薇といえば、向日葵やろ?」





考え込む僕を指差して、彼は笑った。


 
 
 
 
勝手な答えだと思う。

しかし、それが全てなのかもしれない。



光一が、薔薇だというなら。

僕は、向日葵なんだと、思う。




いつも笑顔を振りまくわけでも

いつも綺麗な花弁を身につけているわけでも

いつも夢に向かって歩いているわけでも



ないけれど。


それでも僕は――――――――。






ふと、光一の用紙を覗き込んだ。
「自分を花に例えるなら」

そこには、短く、しかし迷いのない字で

薔薇

と、強く書かれてあった。

 
 
 
――――それでも僕は。

向日葵でありたいと、思う。








wan*wanさんから素敵な小説を頂きました!
本当読みやすくて簡潔に書かれていらっしゃるのに
よく伝わるんです。
私にも文才を分けて欲しいと思います〜v
挿絵もホント綺麗です〜(><)
おまけは載せていませんが、本当にありがとうございました!